「北関東源流会」調査報告書

北関東源流教会(略称:北源会)とは

北関東源流教会(以下、北源会という)は

 最近活動を活発化させている自然志向野外活動主体の宗教団体である。
この団体の教義は「自然万物森羅万象に意識身体を同化し、宇宙のエネルギーを集めて悪い電波から地球環境を防衛する」というもので、そのための活動を彼らは「修行」若しくは「行」と呼び、主な修行場所として山深い奥地の道なき源流や辺鄙な山小屋がよく利用される。 修行方法としては、しばしば釣りが選択され、内部では「明日、釣行(つりぎょう)に行きましょう」や「来月は源流行(げんりゅうぎょう)です」などの言いかたが多用される。
彼らが崇拝する神は「ヤマノカミサマ」であり、御神体は「淵」「魚止滝」「ゴルジュ」「ブナ」など源流域に存在する地物地形のほぼ全てにあたる。 宗教系統的には日本神道の分派の末端の枝葉のようなものだと思われるが、過去よりこの種の団体は古代狩猟採取のシャーマン的要素から発展し、それが海漁的宗教や川漁的宗教に展開し、川漁の系統からは本流教・渓流教・源流教などが派生分裂して、現在ではまたそれぞれにフライ派、ルアー派、エサ派、テンカラ派、はたまたそれらを融合したエサテンカラ派などという邪宗派に至るまで非常に細く複雑に分化している。 
ただしこれら無数の団体やグループにおいては、信者の相互交流が比較的自由に行われており、また異教異宗派の信仰習慣にも寛容で、甚だしくは「海もやったり川もやったり」や「エサ竿とルアー竿両方持ってきちゃった」や「鮎が忙しいから行けない」などという無節操な信仰の形態も無数にあることから、異端視による抗争やテロなどは皆無であり、一般的には平和な活動を展開する団体が多い。

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さて

 北源会に話を戻そう、彼らの儀式においては「岩魚」「きのこ」「麦酒」が「3種の神物」として非常に重要視される。
特に岩魚においてはヤマノカミサマ第一の遣いとされ、型の大きなものほど「神の福音=御利益がある」ものと珍重される。 キノコや麦酒については、ヤマノカミサマからのご神託を得るためや、宇宙からのエネルギーを受け取るために多量に経口摂取し「魂の段階をより高い次元に上げる」儀式の必需品として重要視されている。
よって彼らの集団においては「大岩魚を釣る者」「キノコの種類を詳しく知る者」「より多くのキノコを見つける者」「多数の麦酒を運べる者」などが、より高位の地位に付くことができるのであり、それによって集団内の序列が形成される。また逆に「掛けた岩魚をバラした者」「チビ岩魚しか釣れず大物を散らす者」「竿をよく折る者」「毒キノコを採ってくる者」「麦酒を大量に消費する者」などは冷遇される傾向にある。
さて北源会について大まかな情報を記述したところで、今回この団体から肉体的精神的苦痛等の被害を受けたと言う被害者の証言を下記に報告する。

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【被害者証言(2014年8月末日、証言聴取)】 被害者氏名:熊鳥猟士 年齢5△歳

初接触から被害体験に至る経緯

私は飯豊南麓の山間でヤマノカミサマを信奉し熊猟をするごく普通の猟師です。 十数年前のある日、地元山中で北源会のH・Eと名乗る男と出会い意気投合しました。 最初は薄汚れた服装やちょび髭の風体に警戒もしましたが、話してみると物腰柔らかく朴訥な栃木訛りをすっかり信用してしまい、以来キノコ狩りや猟など同行するようになりました。
  あれはいつのことだったか正確な日付は憶えていませんが、確か昨年の秋あたりにブナの森で酒宴を張ったときだったと思います。 聞き上手で褒め上手な北源会の面々に勧められるままに酒を飲み、イワナの刺身など馳走になりながら気分良くいたら、つい普段は口にしない「胸に秘めた思い」を、漏らしてしまったことがありました。
 「オラぁここ(飯豊南麓)にいりゃあ岩魚なんぞ何時でも釣れるから今更どこにも行かなくていいが、もし行けるものなら若いときに雑誌で読んだ朝日連峰の呂滝を一遍見てみてえなぁ・・・もしそれが叶うならヤマノカミサマに裸踊りを奉納してもいいなぁ」と、

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 したたかに酔っていましたからハキとした記憶は無いのですが、確かそのとき隣にいたH・Eがニコリと微笑んで「じゃあ今度盆休みでも絡めて行きますかぁ」と、そんなことは何程のことでもないように囁いたのを憶えています。
そう言えばその時だけは、いつも柔和な笑顔が焚き火越しに揺れて、一瞬魔王のように歪んだような気もしますが、酔いで朦朧としていた私はH・Eの表情の変化を気にも留めず、内心は「ソンナトコカンタンニイケルワケネ~ヨオ~」と思いましたが、つい冗談半分に 「よーし、行ぐがあ!わっはっは」 などと適当に相槌を打ったような憶えがあります。
しかし今思えば、あれが悪魔に魂を売ったというか、今回このような被害を受けるきっかけだったのではないかと深く後悔しています。

2014年7月27日~8月11日の状況

 7月末のある日(通信記録から27日と判明)のことですが、北源会のH・Eから次のような連絡がありました。
「夏の釣行に参加される方へ。  場所:山形県 朝日連峰 出谷川(八久和川)聖地「呂滝」 
日程:8月12日夜・13・14・15・16下山の予定です。 (中略) 出席を取りますので参加・不参加を明確にお願い致します。」
それを見たとき、正直私はその誘いが自分に向けられているものだとは思いませんでした。 ヤマノカミサマ信奉者である私は、同時に敬虔な仏教徒でもありますので、お盆に家を空けるなどということは考えられなかったのです。
それにその時は「釣行」も普通に「ちょうこう」と読みましたし、「聖地」という文字にも特に違和感を持ちませんでした。
ですから「呂滝?行きたいけどムリムリ」と出欠の返事も忘れていました。 ところがしばらくしてまたH・Eから 「どうしても(私熊鳥猟士が)行きたいと言っていたから、お盆を絡めて計画したんですよ。皆楽しみにしていますし、友人を落胆させて良いのですか」と催促がありました。 確かにお盆は絡んでいます・・・。 絡んでいるどころか最初から最後までどっぷりとお盆ですよね?  言葉は柔らかく静かでも、その口調に含まれた恫喝的な響きが少し恐ろしくなって、結局行くことを承知してしまいました・・・。 今思えばあの日程は、お盆と言う仏教最大の儀式から、私の信仰心を遠ざけることも狙いだったのではないかと思います。

行くことを決めたあとも大変でした。H・Eの弟であるH・Aが今度は集合場所や時間や行程を伝えてくれるのですが、
詳しいことはなかなか教えてくれないのです。 持ち物一つにしても「なるべく軽く」とか「なるべく長い竿」とか「寝袋までは要らないかも」とか、とても曖昧な表現で惑わせるのですが、食料と酒だけは「米を人数分持ってくるように」「缶ビールは最低6本」と言われました。 なぜ米と酒の量だけは決まっているのか? もしかして上納品やお布施のようなものなのか?変な儀式でもするのかな? と、一瞬疑いがよぎりましたが、それまで珍しいキノコや岩魚料理を沢山ご馳走になっていたので、問いただすことも断ることもできませんでした。
 行程やルートについても直前まで何も知らされなかったと同じです、所要時間はどのくらいかと聞いても「7時間から8時間くらいかなぁ、いや10時間かかるかも」とか「降り口がどのへんかいま調べてますから」など、とてもアバウトな感じで不安を感じました。
そのほかにも新しい釣り道具やバックパッキングアイテムや衣類装備を大量に買い込みましたが、これはあれもこれも買いなさいと指示されたわけでなく、むしろ何も指示されない不安から自分で必要以上のものを買い込んでしまったのです。 今思えばそれも、経済的に追い込んで家族関係を引き裂く手段だったのかもしれない・・・いや絶対そうです!
実際私はamazonから荷物が届くたびにビクビクと家族の眼を気にして・・・、次第に家庭の中で孤立して行きました。

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 極めつけは11日夜の出来事でした、北源会の広報的役割をしているA・Aが、まだ出発前日にもかかわらず集合場所に装備一式を持って現われ、「アレ?出発日今日じゃなかったでしたっけ?」と、いかにも楽しみで待ち遠しくて間違っちゃったと言ったような電話をH・Aにして。それをH・Eと大笑いした。 などというお茶目な情報が私を含めた参加者に一斉送信されたのです。よく考えればそんなワザトらしくマコトしやかなことは狂言でしかあり得ないと思うのですが、そのときの私は思わず「いいね」を即押しして「フライマンがフライングマンだね~♪」などと軽口コメントまで入れてしまって、そのコメントにまた「いいね」が帰って来るし、もう完全に行く気満々な気持ちにさせられていました。
ええ、、今思えば全てが巧妙に計算され、周到に用意されていて、私はいつのまにかマインドコントロールされていたのだと思います・・・。 はい、まったく恐ろしい団体です。

2014年8月12日~8月13日の状況

直前に指示された集合場所は、山形の大井沢です。 行ったことも聞いたこともない所で、また不安に襲われましたが、ちょうど山形市近くにN・H君という昨年から北源会に入会した人がいましたので、その彼の家に寄って集合場所まで連れて行ってもらえることになりました。
え、連絡ですか? 集合場所が解らなくて不安になっていたところに、すぐN・H君から電話があったんです。
N・H君の家から乗せて行ってもらえるというので「コイツなんてイイヤツだ」と凄くホッとしたのを憶えていますが、そう言われたら確かに図ったようなタイミングで電話が来ましたけど、でもその時は安堵感で一杯でしたし、待ち合わせの時間にも余裕があったので、途中喜多方ラーメン食ったり、足りない釣り具を買ったりしながら、カーステ全開モモクロノリノリで運転して行きました。

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N・H君の家に着いたのは19時過ぎでした

 N・H君というのは入会歴はまだ浅いんですが、北源会の釣行は殆ど参加していて、もう入れ込みようがハンパない感じで、今回も連日残業に次ぐ残業でやっと日程を確保したとか、体調を整えるために1週間禁酒してたとか、北源会釣行のことを熱く語るときは目なんか虚ろと言うか何か逝っちゃってる感じ?
その時もちょっと違和感を覚えたんですけど、私の怪訝な表情に気付いたのか「あ、これうちの娘です」なんて可愛い女子高生連れてきて挨拶してくれたもんですから、もうすっかり気分良くなっちゃって、そのあとは普通に山の話しなんかで盛り上がりながら集合場所に向かいました。
 集合場所には定刻の1時間前には着いてましたよ。そりゃ連れて行ってもらう立場ですから早めに行ってないと失礼ですよね。でも集合時間を過ぎても本隊が来ないんですよ。 「あ、こりゃここで仮眠して明日早暁の出発なんだ」って思いました。普通はそう思いますよね?。 で、車の中で仮眠してたんです。ちょうどウトウトし始めたところに何だか騒がしい音が聞こえて、目を覚まして外見たらもうみんな来ていて支度してるんですよ。 こっちはまだ完全に目を覚ましていないのに「早く支度して!出発しますよ!」って・・・。 深夜25時ですよ? 夜中の1時!。 普通なら寝てる時間なのに「出発する」ってどーいうこと??

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それからかなり歩きました。

 「もうすぐですよ」とか「ここ過ぎれば楽になりますから」なんて何度言われても、ちっとも着かないし楽にならないし、でも暗闇を歩かされて来てるんで帰り道がぜんぜん解らない。だから戻りたくても戻れないんです。 私以外のメンバーは前述のH兄弟とカメラマンのA・A、N・H君のほかに、入会歴が長く常にポーカーフェイスで正体不明なH・J君、黄色Tシャツと薄毛がトレードマークのTちゃん(下の名前は知りません)、坊さんなのかハードGなのか笑顔が怪しいH・M君などが今回のメンバーでした。 え、イニシャルにHの付くヤツが多い? あ、ホントですね。言われて初めて気が付きました・・・。 でもH兄弟以外は全員が今回初めて八久和に行くのに、その性格も年齢も出身地も職業もバラバラなんですよ。 こんな寄せ集めのメンバーがいきなり夜間登山なんて普通考えられないでしょう?
ところが食料や飲み物を分け合いながら暗闇を登って行くと、お互いに声を掛け合ったりして、そのうち一体感が出てきて運命共同体というか、「俺達チームだぜ」みたいな感覚になるんです。あれも結局、北源会の思惑なんですかね。
 でも本当に極限まで疲れてくるとあまりの辛さに「夜の登山道暗い、don't cryどんくらい歩いて、ドンクライ登った・・・」などと無意識に独り言ラップで韻を踏むクラーイ心は現実逃避して・・・、あ、すいません。自分でも何言ってるのか判らなくなってきました。 でもそうこうしているうちにだんだん夜が明けてきたんです。

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 そしてこのいつ終わるとも知れない闇の苦行に突然訪れた朝焼けというのが・・・、それはもう言葉では言い表せないくらい神々しく荘厳で感動的で・・・、東の空に宵の明星が輝いて稜線が黄金に染まっていくのを目にした瞬間、それまでの苦しみが一気に報われたと言いますか、「あの苦労があったからこの感動があるんだ。」「こういう体験をさせてくれる北源会とは何と素晴らしい会なんだ」って、もうこの時点でそれまでの疑念が吹き飛んでしまって、北源会にどこまでもついて行きたい気持ちになっていたんです。

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 そして頂上に着いたときちょうど夜が明けきって太陽がすっかり顔を出しました。 そしたらそのタイミングでH・EとH・A兄弟が私の両脇にそっと寄り添って来て、「おめでとう。これであなたも魂のステージが一段階上がりましたよ」「さあ太陽系第一恒星のエネルギーを一緒に取り込みましょう」と、朝日を全身に受けながら仏像様のような優しい表情をして私の耳元で囁いたんです。
 私は極度の疲れと眠気と空腹とで体はボロボロの極限状態でしたが、逆に気持ちは安堵感と達成感に満たされていて、しかも快晴360度パノラマビューな早朝の頂に立ってテンションMAXでしたから、ある意味朝立ち興奮状態ですよね。
だからH兄弟にそうやって声をかけられたとき、「ああ本当に太陽のエネルギーが入って来ます。私はとうとう朝日のヤマノカミサマの領域に来られたのですね。北源会の皆さんありがとうございます。」と、ごく自然に感謝の言葉を呟いていて、朝日に照らされた頬に涙が伝い落ちるのも構わず立ち尽くしてしまいました。

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そしてその時を境に私の中で何かが目覚め

 北源会への意識も180度変わったような気がします。 
初めて来た山で道も風景も全く知らないはずなのですが、なぜかこの時「聖地八久和まで私が皆さんを先導して差し上げねばならない」ととても強い義務感に襲われたのです。思えばこの瞬間、私は飯豊のヤマノカミサマから朝日のヤマノカミサマへ僕(しもべ)として託されたのでしょう・・・。ありがたいことです。(涙)
軽く朝餉を終えて、今度は私が先頭になって稜線を下ります。 途中登山道の分岐点でも行き先の標柱があり何の迷いもなく進めました。 整備してくださる方に感謝です。 しばらく稜線を歩いてから沢へ下降するルートなのですが、出だしは猛烈な藪漕ぎのようです。そう言えば昔の商人は夏休みのことを「薮入り」と言いましたっけね。 いや関係ない話でスイマセン。その藪入りの場所に近づいたとき、私には藪の向こうにハッキリと道が見えました。いやホントなんです。 
だから迷わず藪に踏み込みました。 するとどうでしょう、まるでモーゼの前に起きた奇跡のように、藪が左右に分かれて聖地に至る道を示しているではありませんか・・・。間違いなくヤマノカミサマのお導きです・・・。 ありがたいことです。
 藪どころか大地まで裂け目が入ったような地形を辿って行くと、やがて水音が聞こえてきました。 沢に出たのです。 ちょうど気温が上がってきて藪漕ぎで喉も渇いていましたから、清冽美味な沢水を味わい、ペットボトルに詰めて沢を下りました。 次々に現れる滝やゴルジュが行く手を阻みますが、そのときの私には、手がかり足がかりや高巻き踏み分けの最良ルートがなぜかハッキリ見えました。 これは絶対ヤマノカミサマのお導きです。本当にありがたいことです。

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そしてついに、我々は八久和の沢床に降り立ちました。

 登山道入り口から10時間背負い続けた重い荷を降ろし、メンバー全員と握手を交わしたあと、八久和の水際に歩み寄って流れで手と顔を清め、朝日のヤマノカミサマに無事到着させていただいたことへ御礼とご挨拶の祈りを捧げました。
するともう背後では北源会の仲間達が、休憩一服もそこそこに手際よくテン場と昼食の準備を始めています。
私も作業を手伝おうと思い、皆のほうに行こうと足を出しかけたその時、足元の深みからユラリと魚影が揺れたのです。
私の視線は魅入られたようにその影を追いながら、手は無意識にロッドケースから竿を出していました。
数メートル離れたところでは仲間達が忙しく働いているのですが、意識とは別に勝手に指先が仕掛けを作りはじめるのです。そして仕掛けが出来上がり、もう一度仲間のほうに視線をやると、H兄弟がこちらを見て「さあ、朝日のヤマノカミサマの御許へお行きなさい」と言う感じで、優しく頷いてくれました。
 竿入れを許されたと感じた私は、とても穏やかで平らかな気持ちを持って八久和の水面に向かうことができました。
そして八久和の大らかで太い流れの深淵に、無心で仕掛けを投入したのです。
するとどうでしょう、落ち込みの脇に入れた道糸が神の御手に導かれるように流芯に引き寄せられたかと思うと、ツツツと流れ下る間もなく竿先に微かな震えを感じたのです。  一拍待って、拝むように竿を上げると、竿先が水面に向かって湾曲し道糸が鳴りました。 あとは夢中です。 気がつくと足元に尺超えの美しい朝日岩魚が横たわっておりました。
 朝日のヤマノカミサマは、飯豊の猟師に八久和の珠玉を与え給うたのであります。ありがたいことです。
 私はそれですっかり満足して、皆にも朝日のヤマノカミサマの福音を届けようと、その珠玉岩魚をテン場に運びました。
するとH兄弟はもとより昼食中の仲間達も拍手で迎えてくれ、口々に祝福してくれました。 ありがたいことです。

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 昼食を終えて本格的にテン場の設営をしましたが、ブルーシートの天幕と床の間になんと蚊帳が吊られているではありませんか。H兄弟の弟H・Aさんが重い荷物の中に蚊帳を背負ってきてくれたのです。 なんとありがたいことでしょう。
 薪集めも目処がつき、テン場の設営が完了したところで午睡をする者、瞑想する者、新たな神の福音を求め釣りに行く者と、各々が自由な時間を過ごしました。 そして夕刻、まだ明るいうちに焚き火を起こし、八久和初日の晩餐が始まりました。 H・Eさんのありがたいお言葉のあと乾杯が行われ、麦酒を忘れてきたN・H君にも仲間から麦酒が分け与えられました。 夜を徹しての強行軍、藪漕ぎ、急斜面や岩場の下降など過酷な移動で疲れ切った身体にアルコールが慈雨のように染み込んできます。

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 やがて八久和の流れが子守唄に聞こえてくると、一人、また一人と蚊帳の中に潜り込んで眠りにつきました。 最後に残った私は、翌朝熾き火が残るよう太目の節曲がり枝を数本くべ入れました。 すると舞い上がった火の粉の先に、八久和の谷を埋め尽くすほどの美しい星空がありました・・・。

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2014年8月14日の状況

八久和の朝は寒さで夜明け前に目が覚めました。 寒いと言っても真夏の渓流ですから、ブルブル震えるほどではなくて、でも流石にシェラフカバー1枚では、源流に漂う朝の冷気を遮断することができません。 辺りはまだ暗かったのですが尿意も感じていたので、静かに起き出してザックの奥から薄手のダウンを引っ張り出し、羽織ると蚊帳を這い出ました。 気持ち良く放ちつつ空を見上げると、昨夜の星は雲に隠れてもう見えず、仕舞い際にブルブルっと震えるのは寒いからではなくいつものことですが、とりあえず二度寝する前にもう一度体を温めようと思い、熾きを集めて新たに焚き火を起こしました。 そして燃え始めた火の前に座って残り酒を舐めたときフト思ったのです。 
 確かにここに至るまでの道程は苦行と言えるものでしたが、それでも初投で尺は釣れる、メジロアブはなんと一匹もいない、メシも美味いし酒も美味い、テン場は広くて平らで快適。・・・と、 果たして彼らの言っていた「釣りぎょう」「源流ぎょう」と言うのはこんなもん? それとも年に一度、いや数年か十数年に一度の「聖地巡礼」ってのは、レクリエーション的なお祭りみたいなもの? ナーンダ ソレナラ ラクショウジャ~ン♪ と、私はこの時点ですっかり北源会の源流釣行をナメていたのです。 「朝酒すれば朝寝」と会津文化圏では歌にも歌われるほどの定番なので、私は再び蚊帳の中に潜り込み、すぐに寝てしまいました。 そのとき私の隣の隣で寝ていたH・Eさんがゴソゴソ起き出して、蚊帳の端っこを何かまさぐっていたような、めくり上げていたような気配を感じましたが、暗かったのと眠かったのでよく解りませんでした。
しかしそのあとすぐ、私は恐怖に凍りついたのです。
それは夜明け前に始まりました。 夢うつつの意識の端に、ごく微かな高周波音が、八久和の渓音を潜って聞こえてくるのです。 そしてその音源はシェラフカバーから出していた顔の周りを遠く近く移動しながら押し寄せ、 目を覚ましたときにはもう既に手遅れ・・・手といい顔といい、素肌の出ているところが猛烈な痒みに襲われました。 野生獣の皮膚も貫き吸血する凶暴な源流藪蚊の襲来だったのです。
「アレ待てよ。確か蚊帳の中で寝ているんだよな・・・それなのに何故??」そんなことを疑問に思う間も無く、執拗に繰り返し襲ってくるモスキート爆撃機の波状攻撃。 他のメンバーも目に見えない敵に戦慄しつつ文字通り闇雲に手を振っては叩き、勢い余った挙句に自らを叩き・・・。 未明の奇襲が終わりを告げたのは夜明けの頃でした。 明るくなったところで見ると、蚊帳の内側にはアルコール濃度と脂肪分の高い栄養たっぷりなドロドロ血をたらふく吸った蚊が未だ何十匹も留まっているではないですか・・・。 蚊帳の中だからと安心無防備だったメンバーは全員やられて、ツタヤカラーのT君などはもう顔面ボコボコのオソロシイ人相になっています。 しかしその中でただ一人H・Eさんだけが 「いやあ、朝方蚊が入ってきたね~」などと言いいながら、睡眠十分でスッキリした顔をしていたのです。 不思議に思った私が何気なくH・Eさんの寝ていた辺りを見ると、そこにはしっかりと煙を上げている蚊取り線香が・・・。 アレっと思って今度は寝袋を畳んでいる弟のH・Aさんのほうを振り返ると、その枕元には強力虫除けスプレーが・・・。 すると目が合ったH・Aさんはニッコリ微笑んで、その虫除けスプレーをゆっくりとザックに仕舞い込んだのでした。  

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 そうなのです。 実はこの蚊帳は蚊を防ぐ為に用意されたものではなく、 蚊と我々を同一空間に封ずることを目的としたものだったのです・・・。 苦労の末にようやく本流に降り立って火を囲み、酔っ払い、弛緩して油断した我々の精神に活を入れ、脳を狩猟戦闘モードに覚醒させるための「蚊の行」だったのだと、私は一瞬で理解しました。
そして源流行(もうこの時点で「げんりゅうぎょう」と読んでいます。)を侮っていた自分の未熟さを恥じながら、このようなありがたくも思いやりのある修養を八久和二日目の一発目に用意していてくれていたH兄弟に心から感謝していました。

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それから皆で暖かく美味しい朝食をいただいて片づけをし、いよいよ八久和の聖地「呂滝」を目指しました。
皆、身支度万全。 ザイルヨシ!竿ヨシ!ほか装備一式ヨ~シ!天気もヨ~シ!体調気分大変ヨ~シ! 蚊に刺されたボコボコの顔にヤル気を満々に漲らせて出発しました。 そして期待に違わず八久和出谷川の流れは太く広く大きく、渓は雄大で変化に富み、その素晴らしい渓相に、溜息と歓声を響かせながら遡行しました。
勿論東北屈指の大源流ですから、ポイントはそこかしこにあり、皆が思い思いに竿を入れながら歩きます。 が、何かおかしい・・・。  前日には餌でも毛鉤でもそこそこ岩魚が出てくれたのが、今日はなかなか出てくれません。

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ルアーも追いはしますが咥えてはくれず、イエローシャツがトレードマークの黄印T君などはブチ切れてルアーを振り回し、勢い余って糸までブチ切れ、八久和の広い川面を数十メートルもルアーが横切って対岸の岩に激突。 「月山修行の帰りにちょっと釣りに立ち寄ったお坊さん」的な風貌を持つH・M君も、釣りを開始して僅か数十分で一本しかないロッドを根掛かりで折り、皆から合掌され昇天してしまうという事故多発。 私や地元のN・H君の餌などにはピクリとも反応せず、 N・H君に至っては「やまがだで俺の竿に反応すねネーチャンなんかいねのにおがしいべ」って、あ、正確ではないと思いますが多分そのように聞こえました。そんな捨て台詞まで吐く始末なのです。

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 ところがそんな状況でも導師H・Eさんのテンカラや教団広報A・A君、教団法性問題担当H・J君のフライには、時おり型の良い岩魚が反応して水面を割り、H・Eさんなどは「落ち込みの白泡」などという本来エサ釣りの真骨頂であるはずの場所から尺岩魚を抜き上げる神技まで見せてくれたのです。
その様子に我々北源会の新参者達は、ただただ羨望の眼差しを向けるしかないのでした。  そしてなんと言っても特筆すべきは、同じ餌釣りで同じくアタリが無いはずの源流会裏導師H・Aさんの行動でした。 魚の活性や川の状態から釣況を冷静に分析判断し、潔く釣りを諦められたのでしょう。 しばしば竿をしまってカメラを取り出しては、我々八久和初心者の恥態をここぞとばかりに撮影記録してくれているではありませんか。 我々は源流会古参メンバーの技量と、その懐の深さに改めて感心し尊敬していました。 いや、本当に凄い人達です。

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 そんなトラブル続発の遡行でしたが、失敗も何もかも笑い合いながら楽しく行くのが源流会です。ヘツリや水際突破や泳ぎや高巻きを何度も繰り返して、ついに我々はそこに辿り着きました。

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 その滝は・・・ああ、私の語彙ではそれを適切に表すことは不可能です。 けっして大きいわけでも高いわけでも、水量が並外れて多いわけでもないのです。 が、豊穣の女神のようなどっしりと落ち着いた存在感があり、静かに沈み、太く巻いてゆったりと流れ出す大壺には、触れれば吸い込まれそうな悪女の危険さと、寄れば優しく抱き寄せてくれるような慈母の相反した魅力があって、それはまさに「朝日の姫神」と言える美滝なのでした。 さてその八久和の聖女、朝日のマドンナに、私のような飯豊外れの獣獲りふぜいが挑んだところで月とスッポン。 所詮役者が違います。 満を持して掴み出した竿はまともに役立たず、奥に入れても手前に引いても、朝日の姫にあらせられてはウも言わずンも漏れず・・・。 これはもう見事な敗退でありました。 いや、敗退というよりは朝日のヤマノカミサマに未熟な欲望を見破られたのです。 心に余裕を持ちながら優しく寄って、静かに見つめて相手の想いに添うという、古来狩りの正しい前技を踏襲せず、初見の若者のように気を逸らせて強引に迫ったがゆえに、美姫の深淵は沸き立つことなく、その豊穣の扉を硬く閉ざしてしまったのです。

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イヤホント・・・今思えば、初めて呂滝を見た瞬間から熱くなって年甲斐もなく焦って迫った自分が恥ずかしいです。
さて、振られた美女にいつまで未練を残してはいられません。我々は美女の左脇を乗り越えて更に上流を目指しました。

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ここまで来て今更ですが、私は源流師でも沢屋でも無いので、遡行の記録を詳細に記すことができません。
私にはただそこに道が在るのか無いのか、自力で行けるか行けないかの判断しかできず、何級のナントカとかバンドにハーネスだのハーケンだのと言う用語知識は皆無であり、まして使い方は知らんのです。
ですから呂滝の先にも、ただただ美しい八久和があったとだけ証言します。
潜水艦はおろか夢の大岩魚は釣れませんでした。 しかし深みへ泳ぎ去る巨影は、確かに見えたと思いました。
帰路の夕マズメはおかず釣りタイムなのにさっぱり釣れず、重い足を引きずってテン場に戻りました。

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 そして二日目の宴はろくに食うものなく、ひたすらひたすら麦酒を飲んで酩酊し、導師と裏導師の言霊に導かれ、北源会の儀式に参加していたような記憶もあります。  たしか「岩魚・キノコ・麦酒」の、源流会三種の神物のうち、キノコは何やら怪しげなオレンジ色で、白い乳液が出る気もち悪いキノコをH兄弟やA・A君やH・J君らの栃木グループが目を血走らせて狂ったように採っていました。 ええ、新潟や山形や会津ではあんな気持ち悪いキノコ食べませんからね。名前はよくわからないです。 麦酒はH・N君を除いて全員が背負ってきていました。 しかし肝心の岩魚がその聖地最後の夜には無かったんです。 あ、誤解の無いように言っておきますが「儀式用の大岩魚」が無かったということで、全く食えなかったと言うわけではありません。 岩魚の刺身は美味かったなあ・・・。 それで確か儀式用の岩魚の代わりに海苔を取り出して何か使ったような気はします。
すいません、ここまでは思い出せるんですが、もうその先がぜんぜん思い出せないんです。 
やっぱりあのキノコのせいなのかなあ、 え、もっとよく思い出すんですか? でも無理に思い出そうとすると・・・頭に焼け付くような激痛が、あああ・・・。(錯乱状態に入り聴取休止)

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2014年8月15日~16日の状況
 取り乱してしまってすいません。 二日目の夜からあとは八久和からどこをどうして戻ったのかもよく憶えていないんです。睡眠薬でも飲んだみたいに頭に霞が掛かっていて記憶が断片的というか時間軸も前後していて・・・。 帰り道なのに使っていない新品のブルーシートを背負ってまた沢を登っていたような記憶もあります。それに来たときより危険なルートを帰ったような気も・・・。あれ危険な人がルートを選んでいたんだっけな? 天候はもの凄く荒れていて、横殴りの雨に震えながら小屋に入った憶えはありますが、そこで何を話したとか何をされたとかの記憶はありません。なんか書類にサインさせられたような・・・あとT君が二人に見えたり、もう現実なのか幻覚なのかって状態で・・・ 
はい。本当にもうそれ以上は何も思い出せなくて、気がついたら自宅に戻っていました。そこで家族に日付を聞いたら
8月16日の夕方になっていたんでびっくりしたんです。  

(面談聴取終わり)

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2014年9月某日(被害者携帯電話からの発信を録音)

 あ、もしもし。 先日北源会の件で相談した者ですが。
実は今日、HITOMIトラベルってとこから請求書が来まして・・・。 

はい・・、そうです。 

では読み上げます。 よろしいですか?
岩魚の聖域朝日連峰八久和川「呂滝」の旅

ご請求内訳書
ツアー企画費   1式 50,000円
ガイド料金  50,000円 拘束5日 250,000円
テン場御利用料 12,000円  2泊 24,000円
蚊帳利用料 27,000円   2泊  54,000円
遊漁料支払代行  5,000円  2日 10,000円
写真撮影料 30,000円 4日 120,000円
画像データ修正技術料   サービス 0円
写真データ料 200円 500枚 100,000円
技術指導料   1式 200,000円
その他経費     100,000円
       
小計     908,000円
出精値引き     △8,000円
    900,000円
消費税     45,000円
       
ご請求金額合計     945,000円

*この度は当社ツアーをご利用いただきましてまことにありがとうございました。
ご請求金額は9月25日までに下記指定口座にご入金くださいますようお願いいたします。(ご入金が遅れますと、遅延ご利息のほかに違約金500,000円が発生いたしますのでご注意ください。)

尚、振り込み手数料はお客様のご負担とさせていただきます。

銀行名:栃木銀行宇都宮支店    口座名義人:(株)HITOMIトラベル&アラマキエージェンシー 
口座番号:フツウ 893893
*当社別途サービスといたしまして「データ流出防止保険」がございます。(同封写真等データ)

お客様ご指定の口座より毎月末に50,000円自動引き落としによりにご加入いただけますので是非ご検討ください。

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これ、やっぱり払わなくっちゃいけないんでしょうか? 実は請求書と一緒に写真が同封されてまして・・・
ええ、まったく記憶がないんです。 え、どんな写真て・・・言わなくちゃいけませんか? 実はちょっと恥ずかしい写真で、裏面に「ヤマノカミサマ御奉納の舞」と書いてあるんです。 でもこれよ~く見るとちょっとCGっぽい気もするんですけど・・・ あ、それからN・H君のとこにも請求書が届いたそうで、彼のとこには更に 麦酒350ml×4本=400,000円(運搬費込み)が加算されていたそうなんです。  いえ、 彼はもう振込みしちゃったそうです。
え、はい・・・。はい・・・。 確かにそれでも八久和は素晴らしかったです。 そりゃ「釣りじゃなくて登山じゃねーか」とか 「ぜんぜん釣れない」とか「3回連続で竿折っちゃった」とか「8.4mの本流竿持ってきたのに」とか、そんな文句はたらたら言いましたけど、でもやっぱりの朝日の雄大なあの渓では、そんなことはぜんぜん些細な、取るに足らないってゆーか、もうどーでもいいくらい「ちーせえ」感じ?  だからよく考えるとこの値段も良心的な価格ってか、なんかこうして人に話してみたら自分でも適正な感じがしてきたんですよね~アハハハハ。  そうだ!  おたくも今度一緒に私達とゲンリュウギョウ行きませんか? とりあえず手軽なキノコギョウなんてのも近々あるんですけど、 10万円くらいで、安いらしいですから どうで・・・(電話切る) ・・・
以上、北関東源流教会の動向について、今後も調査継続が必要との意見を付して本報告を終わります。

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作者注:この記事はフィクションであり、登場人物及び団体は全て架空のものです。
    背景写真はイメージであり本文とは関係ありません。
    源流行にでかけるときは予備竿と麦酒を忘れずに持って行きましょう。